名古屋市の特別養護老人ホーム(特養)で入所中の男性がパンを詰まらせて窒息死する悲しき事故がありました。
2023年8月名古屋地裁は、施設側に2490万円の賠償を命じる判決を下し、注目を集めています。
詳しい内容と医療現場への影響について、医師の視点から解説します。
過去の医療訴訟事例も交えて「医療訴訟」について深く考察します。
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旧帝大医学部卒業後、田舎の忙しい基幹病院で研修医として就職。そのまま外科医となり、2度の転勤を経験。最新のロボット手術にも携わり、手術執刀経験は500件超え。夜間緊急手術も大好きなバリバリの外科医でした。
事故と判決の内容
特別養護老人ホームでの死亡事故
2021年11月、名古屋市の特別養護老人ホームで、入所中の88歳男性が朝食のロールパンを喉に詰まらせて(誤嚥して)窒息死しました。
男性は死亡する約1か月前にもロールパンを喉に詰まらせていましたが、自分で食事を摂ることはできていたようです。
亡くなった方は嚥下機能低下がみられたようです。
特別養護老人ホーム とは
特別養護老人ホームとは、常時介護を必要とし、在宅での生活が困難な高齢者に対して、生活全般の介護を提供する施設です。略して「特養」とも呼ばれています。
特別養護老人ホームでは、入浴、排泄、食事などの介護、その他の日常生活の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行います。
嚥下機能低下 とは
嚥下機能低下とは、物を食べる(嚥下する)ときにのどや胸につかえ感や不快感などがあって飲み込みにくい状態を指し、「嚥下障害」とも呼ばれます。
食べ物を詰まらせ、窒息する(誤嚥する)原因となります。
遺族の訴え
遺族は、施設の職員が適切な見守りを怠ったことが原因であると主張。施設側に対して約2960万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こしました。
大切なご家族を失った遺族のお気持ちは測りきれません。お悔やみ申し上げます。
名古屋地裁の判決内容
2023年8月名古屋地裁は、施設側の過失(安全配慮義務違反)を認め、遺族に対して2490万円の損害賠償を命じる判決を下しました。
この判決は、特養老人ホームや介護施設の管理責任に対して、あまりにも厳しいものです。
遺族の悲しみはありますが、司法は合理的でなくてはならないと思います。この判決は感情論に基づく、非常に危険なものの可能性があります。
医療訴訟でよく論点となる安全配慮義務違反について解説します。
その上で、なぜこの判決が危険な可能性があるのかを考察します。
安全配慮義務違反について
安全配慮義務の定義
安全配慮義務とは、事業者や施設がその業務を遂行するにあたり、利用者や従業員が安全に過ごせるように必要な配慮を行う義務のことを指します。
この義務は、施設の管理者だけでなく、職員全体に及びます。特に濃密な介護を必要とする人々を対象とする施設においては、その重要性が一層増します。
今回の事故における安全配慮義務違反の判断
名古屋地裁は今回の判決で、特養老人ホームが安全配慮義務を怠ったと判断しました。
具体的には、88歳の男性がパンを喉に詰まらせた際に、職員が適切な見守りと迅速な対応を行わなかったことが、安全配慮義務違反と認定されました。
類似の判決、安全配慮義務違反の判断はたくさんありますが、本当にそれでいいのでしょうか?
今までの同様の判決が医療現場に与えた影響から、今回の判決の影響について考察します。
この判決が医療現場に与える影響
介護施設の責任とリスク管理
今回の判決は、介護施設におけるリスク管理の重要性を改めて浮き彫りにしました。高齢者が入所する特養では、食事の際の見守りが非常に重要です。
特に嚥下機能が低下している高齢者に対しては、細心の注意が必要です。
しかし、現場は人員的に限界がきています。
高齢化社会で介護が必要な人は増加。しかし、医療や介護の担い手は減少。
司法はそれを全く無視した判決を好き放題に出しています。
医療や介護に不利すぎる異常な判決を下して、余計に医療や介護を担う人が減り、悪循環をうんでいます。
日本における「寿命」の概念の消失
海外では年齢による嚥下機能低下が原因で、誤嚥して死亡してしまった場合は「寿命」と認識されることが多いです。
少なくとも訴訟にはならない。
しかし、日本では訴訟になるばかりか司法が賠償命令を下してしまう。つまり「寿命」ではないと。
それは嚥下能力低下に限らず、あらゆる「寿命」が「寿命」とは認められない判決が出ています。
医師目線では日本の医療訴訟は無理があります。
「寿命」を司法が認めないことでとてつもない悪影響があります。
- 過剰医療
- 萎縮医療
- 医療崩壊
です。
過剰医療
このような判決が続くと、医療関係者や介護職員は自己防衛のために過剰な医療を提供する傾向が強まります。
「過剰医療」は患者にとって不必要な医療行為を行うリスクを増やし、医療資源の浪費にもつながります。
患者様自身が望まないような、経管栄養や胃瘻による延命治療がいい例です。
経管栄養 とは
鼻から胃や腸まで管を入れて、管から栄養剤を食事として流します。
胃瘻 とは
上腹部から胃に貫通する管のことです。胃に直接栄養剤を流します。
過剰医療について詳しくはこちら▼
萎縮医療
訴訟リスクを恐れて「萎縮医療」がうまれ、必要な医療行為が行われないケースも増える可能性があります。
このような判決が続くと、リスクの高い嚥下機能低下が見られる方の介護の受け入れができなくなってしまうかもしれません。
「萎縮医療」をうんだ有名事件が「割りばし事件」です。割りばし事件の詳細記事で萎縮医療についても詳しく解説しています。
割りばし事件の詳細記事はこちら▼
医療崩壊
理不尽な医療訴訟が頻発することで、医療従事者の士気が低下し、結果として医療崩壊の危機が迫ります。
医療現場で働く人々が訴訟リスクを恐れて業務を敬遠するようになれば、必要な医療サービスが提供できなくなる恐れがあります。
訴訟高リスクな医療現場からは人が去りはじめています。
「医療崩壊」をうんだ有名事件の1つに「大野病院事件」があります。
詳しくはこちら▼
なぜこのような危険な判決が出てしまうのか。それは司法が合理性よりも感情論で判決を下しているからです。
医療訴訟における感情論の危険性
この事例を知って、誰もが抱くのは「死んだ人がかわいそう」という気持ちです。これは非常に真っ当な感情です。
だからといって「安全配慮義務の限界」「寿命」や「医療・介護への影響」を考慮せずに、感情を医療や介護にぶつけるというのは間違っています。
患者の死亡は医療・介護のせいなのか、人体の限界たる「寿命」のせいなのか、本当に慎重に検討する必要があります。
どうしても結果が悪いと「医療ミス」にしたがる風潮があります。これは医療の質を下げる結果となるため危険な風潮です。
司法はこの風潮に従って、判決を下してしまっています。
「かわいそう」という感情に流されて、本質を見失うと言うことが日本では繰り返されています。
この風潮が「医療崩壊」につながっています。理不尽な医療訴訟により医療・介護の質が低下しています。
そもそも日本の司法は医療を裁けるのか
司法の常識は医療の非常識
司法に関して、関与した裁判官や検察個人が悪いのかと言われたら、そうではありません。
司法のシステムそのものを考え直す必要があります。「司法の常識は医療の非常識」です。
合理性に基づかない、感情論での司法が目立ちますが、それはなぜか?
合理性を判断できるだけの能力がないから感情論に頼るしかないのです。
医療・介護は専門性の高い世界です。正解・不正解はないことが多い。現場の実情を深く理解する必要もあります。因果関係の検証には専門性の高い理解が必要です。
医療訴訟における司法判断には高度な医学的知識と現場の環境の深い理解が要求されます。
しかし、司法関係者は医療・介護に関してド素人なので現状のシステムで適切に医療裁判を行うこと自体が不可能なのです。システムが悪い。
まともに医療裁判を行うなら医療現場の実情と医療に関する「ちゃんとした」知識を持つ特別な裁判官や検察が必要だと思います。感情論ではなく、合理性で裁く能力が必要です。
医療に対する司法のシステムそのものに無理があります。
医療現場の経験がないド素人が多少勉強しても診断や治療に関してちゃんと理解することはできません。最低限でも医学部6年+研修医2年の基本的医療知識と現場経験は必要です。専門領域に関しては、実はこれでも足りないくらいです。
医療ド素人の司法関係者に医療裁判をやらせるのは、算数も習っていない幼稚園児に高校数学の「微分・積分」の問題を解かせるくらい無理があります。
司法は責任を取らない存在
医療裁判のシステムの見直しが必要です。現状の司法システムで医療を裁くのは無理があります。放置していては「過剰医療」「萎縮医療」「医療崩壊」がとまりません。
司法はその判決の医療現場への影響は考えてはくれません。自らの「無謬性(むびゅうせい)」すなわち「自分は決して間違うことがない」という立場を貫き、たとえ誤っても責任は取らないという存在です。
医療現場が崩壊して、国民がどうなろうと知らん顔する。それが許される存在が「司法」なのです。
お願いします。どうにか「お気持ち判決」司法の暴走を誰か止めてください。
その他の誤嚥事故の事例
誤嚥事故に対する理不尽な訴訟は非常に数が多いです。
もう1つ事例を挙げます。
水戸地裁平成23年6月16日判決。
【事例の内容】
介護老人保健施設に入所中のパーキンソン症候群、多発性脳血栓のほか、認知症に罹患している86歳男性が昼食として提供された刺身を誤嚥して窒息し死亡。遺族が、誤嚥の危険性の高い刺身を常食で提供するなどしたことについての施設の過失を主張して損害賠償を求めて訴訟をおこした。
【司法の判断】
本件施設の職員は誤嚥の危険性が高いことを十分予測できたといえ、刺身を常食として提供したことには安全配慮義務違反、過失が認められると判断。病院が賠償責任を負った。
認容額:3名に対する各734万円(合計2202万円)
誤嚥に配慮し、刻み食、とろみ食のような食べ物を提供しても誤嚥事故は起きます。しかもそれで賠償請求が認められていることがあります。もう食べさせない他ありません。これが人道的と言えますか?司法様はこれを要求しています。
「誤嚥の危険性が高いことを十分予測できた」とはどういうことでしょうか。誤嚥というのは程度は違えど誰でも可能性はあります。逆にあまりにも誤嚥の可能性が高い場合、つまり、「嚥下機能低下」が激しくご高齢で不可逆の場合はそれすなわち「寿命」です。
日本では残念ながら「寿命による老衰」が少ないのはこういった背景があります。寿命が来ていても医療行為で無理に延命しないと訴訟となるリスクがあるからです。やむを得ず、胃瘻造設などの「過剰医療」が行われています。
実は「過剰医療」しても理不尽な訴訟から逃れられないのですが。。。
「寿命」の誤嚥死亡を訴訟によりお金に換える。悪い言い方ではありますが「死体換金ビジネス」という言葉があるくらいです。こういった訴訟のせいで「過剰医療」「医療崩壊」がおきています。
名古屋の特養での死亡事故への判決 まとめ
名古屋地裁での判決は、介護施設や医療現場におけるリスク管理の重要性を再認識させるものでしたが、その一方で医療現場に深刻な影響を与える可能性があります。
高齢者の安全を守るためには、職員の教育や訓練、施設の管理体制の強化が不可欠ですが、同時に医療に対する司法の改善も必要です。
理不尽な訴訟によって過剰医療や萎縮医療が広がり、最終的には医療崩壊を招く危険性があります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
<参考文献>
- 入所男性がパンを詰まらせ死亡、特養ホーム側に2490万円賠償命令…「危険性を認識できた」, 読売新聞オンライン, 2023年8月7日
- 「介護施設での事故とリスク管理」日本医療安全学
- 「高齢者の嚥下機能と食事介助」日本老年医学
- 特別養護老人ホーム(特養)とは | 健康長寿ネット
- 誤嚥に関する介護事故予防と事故発生時の対応の方針(詳解), 公益社団法人全国老人福祉施設協議会, 2019年3月
- 「90代誤嚥死に2365万円賠償判決」に医療・介護界騒然…現役医師「訴訟回避の胃ろうで寝たきり老人が激増する」, PRESIDENT Online, 2023年11月16日
- 誤嚥事故で事業者側の過失の有無が争われた裁判例, 介護弁護士.com
- 井内健雄ら, 誤嚥事故に関する医療訴訟の解析, 日病総診誌 2020:16(5)
- 資料 2【誤嚥・窒息に関わる対応策を検討すべき判例】, 厚生労働科学研究成果データベー
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