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医療訴訟(医療裁判)とは【5つの具体例と医療現場への影響を徹底解説】

医療訴訟まとめ

医療訴訟がもたらしている医療への影響は絶大です。

医療関係者だけではなく、医療関係者ではない方にもわかりやすいように解説していきます。

本記事を読むことで、なぜ医療関係者が医療訴訟を非難するのかがよくご理解いただけます。

日本国憲法第14条で「法の下の平等」が定められており、国民は司法に逆らうことはできません。

医療現場がどうなろうか知ったことはない司法の暴虐の支配下で、医療関係者は身を削って懸命に働いています。

本記事では

  • 具体的な医療訴訟事例
  • 医療訴訟の医療現場への影響
  • 医療訴訟の問題点
  • 医療訴訟リスクから逃れる方法(医療関係者向け)

を徹底解説します。

外科医aru

幸い筆者は外科医として医療訴訟に巻き込まれたことはありません。しかし、現場への医療訴訟の悪影響は非常に大きく、毎日頭を悩ませていました。

この記事を読むと医療に対する司法ってこんなものなのか、、、と落胆してしまうかもしれません。

医療訴訟は医療者にも患者様にも大いなる悪影響を及ぼしています。

司法は時に医療に対して無理な要求をします。医療関係者が何とかするのは無理なので、そういった司法の支配下でどのように行動していくべきかを考えるしかありません。

特に医師は理不尽な訴訟リスクから距離を置くためには「転職の検討」が必須です。今の現場が高リスクなら、他にもっといい現場があります。逃げる以外の方法がないほど高リスクな医療は追い詰められています。

本記事は長い記事となっています。目次は項目のタッチ・クリックで飛べますのでご活用ください。

目次

医療現場に大きな影響を与えた有名医療訴訟事例

具体的な有名医療訴訟事例を一部ご紹介します。

1999年 杏林大病院割りばし死事件

通称「割りばし事件」

本記事では簡単に解説します。この事件の詳細は以下の記事を参照してください。

1999年7月、夏祭りで綿菓子の持ち手の割りばしをくわえていた当時4歳の男児が転倒して、喉を割りばしで突き刺してしまいました。

男児は自ら割りばしを引き抜き、その後杏林大学病院へ救急搬送され医師の診察を受けました。小さな傷はあるが止血されている状態であり、男児の意識状態も良好であったため、軽傷と判断されました。

しかし、翌日男児の容態が急変し救急要請。救急隊到着時には男児は既に心肺停止状態となっていました。再び同院に救急搬送され蘇生処置が施されたものの、男児の死亡が確認されました。

死亡後、割りばしの残存も疑われて頭部CTが行われましたが、割り箸の有無などは分からず死因不明でした。

男児死亡の翌日、司法解剖が行われ、喉の奥に割りばしの破片が刺さって小脳まで達していたことが判明しました。これは過去にない事例であり予測は困難でした。

その後、刑事・民事訴訟で医師の過失の有無が争われました。いずれも医師に過失はなく男児の救命は不可能であったと無罪の判決が下りました。

しかし、司法やマスコミから無実の医師は糾弾されました。また、裁判に要した9年もの長い時間は戻ってきません。医師は理不尽な社会的制裁をくらい、長い時間を奪われた「被害者」となりました。

この事件では診察した医師の対応には問題ありませんでした。残念な結果は不運によるものとしか言いようがありません。しかし、行き過ぎた医療訴訟が行われ、被告の医師は結果的には無罪となりましたが、ひどく糾弾されました。

裁判で検察官に不当に怒鳴られています。

また、マスコミはまるで医師が悪者かのような誤った報道を行いました。

割りばし事件まとめ
  • 男児がくわえていた割りばしが転倒した時に脳に突き刺さり、翌日に死亡した
  • 転倒した当日に医師の診察を受けているがその時に症状はなく、割りばしが脳に突き刺さる事例はまれであり予測は困難であった
  • しかし、対応した医師は司法やマスコミにより糾弾された
<参考文献>

2004年 福島県立大野病院事件

通称「大野病院事件」

こちらも本記事では簡単に解説します。この事件の詳細は以下の記事を参照してください。

2004年12月17日に福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた妊婦が死亡しました。

事件当時、同院は病床数約150床程度で地域医療病院として位置していました。

産婦人科の常勤医師は1人のみでした(被告医師、医師9年目)。

月に1回の休日以外は全て、24時間体制で一人で緊急の産婦人科医療が必要な患者様に対応していたようです。ほぼ24時間365日いつ呼び出されても駆けつけていたということです。

外科医aru

とんでもない働き方をしていますね。

妊婦は同院にて「前置胎盤」と診断されており、妊娠36週6日となる12月17日に帝王切開の予定となりました。

術前より高リスクであることは分かっていたため、

  • 妊婦とそのご家族に対する今回の手術内容の説明(帝王切開での分娩について、場合によっては「輸血」「子宮摘出術」を行う可能性について)
  • 手術での出血に備えた輸血の準備
  • 関係各所への手術内容の共有と協力の要請

が行われました。

しかし手術当日、児と胎盤の娩出後に大量出血。被告となる産婦人科医をはじめとするスタッフによる懸命な処置が行われましたが、残念ながら妊婦は死亡しました。

翌年2005年1月に病院設置者である福島県が「医療事故調査委員会」を設置し、同年3月22日に調査結果を報告しています。

医療事故調査委員会報告書

癒着胎盤という子宮と胎盤がくっついてしまう状態にあったため、子宮と胎盤を剥離する(はがす)ことで大量に出血してしまい、そのことで命が失われた。

医療事故調査委員会の報告書では事故の要因が癒着胎盤の無理な剥離、対応する医師の不足、輸血対応の遅れとしており、医師や病院側に責任がある。

この報告書がマスコミの「医療ミス」という報道や、警察の捜査や、起訴をまねくことになってしまいました。

なぜこのような医師の過失を認める報告書を書いたのかというと、福島県が遺族への補償支払をスムーズにしようとするために、医賠責保険で保険会社から保険金を引き出すには、医師の過失が必要だったためです。

外科医aru

なんと報告書に忖度(そんたく)がありました。医療事故で最も大事なことは再発防止です。報告書の内容が事実と異なると一番大切な目的が失われます。あってはならないことです。

このことで執刀医の産婦人科医1人が、刑法の業務上過失致死傷罪と医師法違反の容疑で2006年2月18日に逮捕、翌月に起訴されました。

2008年8月20日、福島地方裁判所は、医師を無罪とする判決を言い渡し、検察は控訴を断念したため、確定判決となりました。

医師は無罪とはなったもの、逮捕・起訴されています。さらに、マスコミによるバッシングもありました。医療ミスではないのに医療ミスかのごとく報道されました。

大野病院事件まとめ
  • 大野病院で帝王切開手術を受けた妊婦が死亡した
  • 帝王切開はリスクが高いと分かっていたため、担当医師は術前に準備を行った
  • 帝王切開中に癒着胎盤により大量出血をきたし、懸命な医療行為が行われた
  • しかし、担当医師は司法やマスコミにより糾弾された
  • この医師は当時一人で地域の産科医療をほぼ365日24時間担っていた
<参考文献>

2006年 大淀病院事件

こちらも本記事では簡単に解説します。

この事件の詳細は以下の記事を参照してください。

2006年8月8日、大淀病院に分娩のため入院していた妊婦の容態が急変しました。より大きな病院への転院搬送が必要と判断されましたが、受け入れ不可能と合計19件の病院に断られました。なんとか見つかった転院搬送先の病院で亡くなってしまいました。

事件当時、大淀病院は、奈良県南部で唯一お産を扱っていた病床数275床の病院です。

同病院では年間150~200件の分娩を行っていましたが、常勤医師は産婦人科診療経験24年の56歳医師1人のみでした。

また、この医師は宿直勤務は週3回以上こなしていました。

外科医aru

超人的な働き方を強いられていたと思います。常勤一人で年間150件以上のお産を引き受け、週3回の宿直(徹夜で働いて翌日も通常通り働く連続36時間以上の勤務)を還暦に近い方が行っていたのです。

2ヶ月後毎日新聞がスクープとして取り上げました。これが誤報でした。

「病院受け入れ拒否:意識不明、6時間 “放置” 妊婦転送で奈良18 病院、脳内出血死亡」(2006年10月17日毎日新聞大阪朝刊)

”放置”はしていませんでした。そしてなんと「たらい回し」されていないのに、「奈良・産婦たらい回し事件」と報道され、「大野病院事件」と並んで大きな注目を集めました。

報道をうけて、奈良県警察が業務上過失致死傷罪の容疑で捜査をはじめました。

事件翌年の2007年、業務上過失致死傷罪の容疑で立件する方針を固めました。しかし、後日死因となった脳出血と、本件医師が診断した子癇発作との判別は困難で、刑事責任を問えないと判断し刑事事件としての立件を見送りました。

遺族は民事訴訟をおこしましたがこちらも請求は棄却され、医師側が司法に関しては完全勝利しています。

外科医aru

この事件で医師が司法で負けていたらあまりにも理不尽です。日本の産婦人科医がいなくなるくらいのインパクトがあったかもしれません。完全勝利で当然です。

しかし、この医師はこの事件でマスコミの非難を浴び、心が折れました。「精神的にも体力的にも限界」とお産をやめました。

その結果、奈良県南部でお産ができる病院は皆無となりました。

大淀病院は閉院となっています。

大淀病院事件まとめ
  • 大淀病院に分娩のため入院していた妊婦の容態が急変し、より大きな病院への転院搬送が必要と判断された
  • 受け入れ不可能と合計19件の病院に断られ、転院搬送に時間を要した
  • 転院搬送先の病院で妊婦は脳出血と診断され、結局死亡してしまった
  • 大淀病院の医師の対応に問題はなかったが、マスコミに糾弾された
  • 当時、大淀病院は奈良県南部で唯一お産を扱っており、常勤医師1人の超人的な働きにより何とか支えられていた
<参考文献>

有名医療訴訟事例年表

医療が悪いわけではないのに訴訟に発展し、現場への悪影響を及ぼしたものに限定して一部紹介します。

もちろん載せていない医療訴訟事例の中で明らかに医療が悪い事例もあります。そういった事例では訴訟となっても現場に悪影響はありません。

1999年 割りばし事件

2001年 亀田テオフィリン訴訟
大量服薬後の救急患者が死亡したことへの司法過誤事件

2004年 大野病院事件 

2006年 大淀病院事件 

2008年 墨東病院事件
急変した妊婦の搬送先がなかなか決まらず結局搬送後死亡した事故 

2008年 神奈川県立がんセンター麻酔事故
麻酔科医不足に起因した全身麻酔での後遺症事故

2016年 乳腺外科医事件
乳腺外科医の冤罪事件

有名医療訴訟事例がもたらした影響【萎縮医療・医療崩壊】

それぞれの事件の影響を解説して、その後に「萎縮医療」「医療崩壊」について解説します。

割りばし事件の影響

割りばし事件により、医療関係者は適切に対応を行なっても結果によっては訴訟されて糾弾される恐れがあることが明らかになりました。

今回の事件が小児、救急がらみであったことから全国的に小児科医や救急医が少なくなりました。

刑事責任につながる可能性があるとの思いから、学会や医学雑誌で症例報告、合併症報告、副作用報告が激減しました。

命が関わる訴訟高リスクな現場から医師が立ち去る傾向がうまれました。「萎縮医療」です。産婦人科医や外科医が減少しました。

この事件のようにあまりに稀な可能性を追求して、検査が過剰になりました。「過剰医療」です。

患者様への影響もまとめると「割りばし事件」で以下のことがおきました。

  • 小児科医が減ったことで、
    小児科医不足となり小児医療の質が低下した
  • 救急医療から病院が撤退したことで、
    救急搬送先がなくなり救急車がたらい回しにされるようになった
  • 医学研究で症例報告、合併症報告、副作用報告しにくくなったことで、
    医学の発展に支障をきたしている
  • 高リスクな医療現場から医師が撤退し(萎縮医療)、
    特定の医療行為を受けられる機会が限定されるようになった
  • 医療訴訟の恐れから過剰医療が加速し、
    保険医療制度の維持が困難になってきている

医療の質が低下する「医療崩壊」が起こり、保険医療制度の維持が困難になる「医療崩壊」も起こしています。

担当医の弁護人であった奥田保氏は「そもそも起訴すべき事案ではなかった」と述べており、これは医療関係者ならば皆が同意するところだと思います。無罪を勝ち取り、世に問題提起をしてくださっています。本当にありがとうございます。

橋本佳子(2008年12月10日)「そもそも起訴すべき事案ではなかった」- “割りばし事件”弁護人・奥田保氏に聞くm3.com.

大野病院事件の影響

割りばし事件の後の事件ですが、同様に、医療関係者は適切に対応を行なっても結果によっては訴訟されて糾弾される恐れがあることが明らかになりました。

大野病院事件は高リスク分娩時の事件です。診療科を変更したり、分娩を扱う施設では勤務しなくなる産科医が続出し、残った産科医は多忙になり辞めていくという悪循環に陥りました。

全国各地1人で分娩を取り扱っていた施設から産婦人科医が撤退し、分娩取り扱い施設が4割減少して地域医療に大打撃を与えています。

「産婦人科医療施設の動向」施設調査2022年より,日本産婦人科医会

妊婦がらみの救急車の「たらい回し」もこの影響から起きています。

悪いのは医療を追い込んで崩壊させている司法やマスコミ自身なのですが、「たらい回し」という言葉を用いてあたかも病院や医師が悪いかのごとく報道されていることが、いまだにあります。

産婦人科のほか外科なども含めて命が関わる訴訟高リスクな現場から医師が立ち去る傾向「萎縮医療」がうまれ、「医療崩壊」へどんどん傾いています。

一貫して医師側の過失を煽り立て続けたうえに、無罪が確定した後も主要マスコミの中で唯一起訴姿勢を擁護する論調を続けた毎日新聞の報道姿勢は特に目立ちました。

毎日新聞は後の大淀病院事件ではさらに大いにやらかします。

大淀病院事件の影響

この事件では緊急の転院搬送を必要としている妊婦の受け入れを19の病院が断っています。また、大淀病院は当時産婦人科医はワンオペでした。

「割りばし事件」「大野病院事件」などにより進んでいた「萎縮医療」「医療崩壊」のせいで産婦人科医が少ないためこのような手薄な医療体制とせざるをえなかった背景があります。

しかし、世の中は同じ失敗を繰り返してしまうのです。

司法においては医師・病院側が完全勝利しています。しかし、毎日新聞をはじめとするマスコミが悪意のある報道を行い、医師を糾弾しました。

適切な対応を行っても、マスコミが医療を糾弾することで、不当な社会的な制裁を受けることが明らかになりました。

こんな状況ではやはり高リスクな医療現場で働くことは困難になってしまいます。こうして「萎縮医療」「医療崩壊」が連鎖していくのです。

萎縮医療

医師は医療行為により訴えられたり、マスコミにより糾弾されたりすることを避けるために、診断困難な救急医療や危険度の高い医療への取り組みを回避する「萎縮医療」がすすみました。

訴訟リスクの高い産婦人科や外科の志望者はどんどん少なくなっています。

医療行為の結果が悪かった場合に訴訟となったり糾弾されたりするようでは、当然リスクの高い医療行為から撤退するようになります。医療は不当な医療訴訟やマスコミにより追いつめられています。

死と隣り合わせの高リスクな現場ではどんなに適切に、懸命に対応しても結果として無念な死に終わることはあります。医療は万能ではありません。むしろ病気や事故の前に医療が無力なことなんてよくあるのです。

癌が末期の状態で見つかるとなす術がないことが多いです。ビルの10階から転落した人を助けることはできないことが多いです。最寄りの病院から4時間離れたところで心筋梗塞を発症したら、病院に到着できずに命を落とすでしょう。これらの例は医師以外にも納得されやすく、訴訟に発展することはまれです。大淀病院事件も同じように医療ではどうしようもないことです。しかし訴訟されたり、不当な報道をされたりしています。

死と隣り合わせの高リスクな現場で働く医師は高い志を持って患者様を助けている人たちです。激務と分かっていてその道を選んでいます。そんな人たちに対する仕打ちがこれです。

そんな医師にも自分の生活や家族があります。こんな世の中では続けていけないと現場を去るのは当然です。

高リスクな医療現場の方は転職の検討をするのが良いでしょう。検討だけなら良いことしかありません。

外科医aru

どんなに誠実に医療と向き合っても、こんな現場にいては理不尽な訴訟に巻き込まれるかもしれない。家族に迷惑をかける可能性がある。こう思い筆者も急性期外科医療の現場を去りました。

命が関わる訴訟高リスクな現場から医師が立ち去る「萎縮医療」がすすみ、医療崩壊へどんどん傾いています。

命の危険となった時にすぐに医療が受けられない可能性が高くなり、患者様にも相当な悪影響が生まれます。

医療崩壊の連鎖

命が関わる訴訟高リスクな産婦人科や外科、救急などから医師が立ち去る「萎縮医療」がうまれたことにより、患者様が受けられる周産期医療や手術治療、救急医療などの質が低下する「医療崩壊」がすすみました。

大野病院事件、大淀病院事件はすでに「医療崩壊」の影響を強く受けていた中で起きた事件でした。

どちらの病院も当時、産婦人科の常勤医師は1人のみでした。その1人に地域が頼っている形となっており、過重労働を強いられていました。その中で医療の質を落とさないのは不可能です。寝ずに働くわけですから。

特に大淀病院事件では、産婦人科医不足により転院搬送受け入れがなかなかしてもらえない状況で起こったものです。「医療崩壊」の色が濃いですね。

これら事件がきっかけで医療崩壊が「さらに」すすみました。

  1. 医療を受けた結果が悪いと、医師が悪くなくても医師を責める
  2. 高リスクな現場から医師が去る
  3. 高リスクな現場が人員不足により、さらに高リスクとなる

この悪循環が止まりません。

医療訴訟における感情論の危険性

これら事件を知って、誰もが抱くのは「死んだ人たちがかわいそう」という気持ちです。これは非常に真っ当な感情です。

だからと言って、その感情を医師、医療にぶつけるというのは間違っています。どんなことでも誰かのせいにしないと気がすまない現代日本の社会風潮のために、結果が悪ければ医師はたちまち悪者にされてしまいます。

遺族が納得できないのは仕方ないと思います。死を簡単には受容できるはずがありません。

しかし、これらの患者の死亡は医師のせいではありません。裁判でも医療行為に過失はなかったと認められています。

事件の経緯や問題点を細かく知らない人たちが、「とにかく人が死んだんだからヤブ医者に違いない」という感情的な議論で医師を糾弾したのは許されることではありません。

どうしても結果が悪いと「医療ミス」にしたがる風潮があります。これは医療の質を下げる結果となるため危険な風潮です。

外科医aru

残念ながら日本はいまだにその風潮があります。現場の医師は自分の体を酷使してなんとか頑張っています。しかし、この風潮が「萎縮医療」「医療崩壊」につながっています。医師が立ち去り医療の質が低下しています。

この風潮により、ありがちな訴訟事例について、その影響とともに解説します。

よくある医療訴訟事例

よくある医療訴訟事例のパターンはいくつかあります。

その中で筆者は理不尽と考えるものも一部あります。理不尽な医療訴訟は医療現場への悪影響が大きいです。

医療現場への悪影響は患者様への悪影響です。

訴えた患者やその家族のお気持ちや賠償を優先して、未来の患者様たちへの悪影響を考慮していないケースが多くあります。

「感情論の危険性」を理解すれば、判断も変わってくると思うのですが。。。

「医療崩壊」「過剰医療」への影響が強い、代表的なパターンを2つだけ紹介します。

病院内転倒の事例(注意義務違反)

病院内転倒に対する理不尽な訴訟は非常に数が多いです。

医療機関は、入院患者様に対して注意義務を負っています。入院患者様が転倒し、怪我をしてしまった場合には、損害賠償責任を負うこととなります。

この文章だけだと納得感があるように思えてしまいますが、言いかえてみます。

病院内で勝手に出歩いた患者様が何もないところで勝手に転んで怪我をした責任を病院が負うことがあります。

無理がありますよね。。。以下は医療現場の声をまとめた記事のリンクです。

転倒・転落の責任追及、医師・看護師とも「納得できない」多数に, 佐藤夕, m3.com, 2023年12月3日

熊本地裁平成30年10月17日判決を例に挙げます。似たような事例は他にもたくさんあります。

【事例の内容】
ある病院に入院中の89歳の認知症患者が一人でトイレに行った際に転倒。頸髄を損傷し、両上肢機能全廃及び両下肢機能全廃の後遺障害が残り、身体障害者等級1級と認定された。このことについて、十分な見守りを行わなかったとして医療機関側を遺族が損害賠償を求めて訴訟をおこした。

【司法の判断】
本件病院の看護師等は、患者が一人でトイレに行くことを想定して、動向に十分に注意を払い、速やかに介助できるよう見守るべき注意義務を負っていたと判断。2人で見守るべき範囲を1人が他の患者の与薬のために不在としていたため、その注意義務の違反を認めて病院が賠償責任を負った。
認容額:2559万3642円(本人分)、親族分(220万円)

この事例の背景にも一種の医療崩壊(看護師不足)があると言えます。そして、この事例により医療崩壊がさらにすすみます。

確かに、重い後遺症が残ったこの事例の患者様はかわいそうです。しかし、その責任を医療者に押し付けたらいいというものなのでしょうか。避けられない事故もあります。

「患者が一人でトイレに行くことを想定して、動向に十分に注意を払い、速やかに介助できるよう見守るべき注意義務」は不可能なことが多いのではないでしょうか。看護師が何人いればいいのでしょうか。

限られた医療資源、人手の中で行う医療なのですから限界があります。

また、なんでもかんでも医療を責めるせいで過剰な検査や過剰なケアが必要となり「過剰医療」をうんでいます。日本は税金で医療を行っていますので、際限なく税金が「過剰医療」に投入されています。

まあ、司法様が医療者が悪いと決めてしまったのでそれは覆らないのですが。そんな人手不足で注意義務を果たせない現場で働いている方が悪いと。

司法様は時に医療に理不尽な要求をして医療関係者を追い込んで辞めさせようとしてきます。

司法はその判決の現場への影響は考えてはくれません。自らの「無謬性」すなわち「自分は決して間違うことがない」という立場を貫き、たとえ誤っても責任はもちろん取らないという存在です。いい立場だ。判決は絶対です。

外科医aru

こういった院内転倒の事例が多くみられるこのにより現場は変わっています。一つは「医療崩壊」、もう一つは「身体拘束」の増加です。

このような事例から、人手は減るけれど院内転倒は何がなんでも避ける必要が出ました。そこでやむを得ず患者様を「身体拘束」で柵をつけたり、体をベッドに縛ったりせざるを得ない状況となりました。

しかし、そうすると体を動かせなくなり、患者様は足腰が弱り、以前のように歩けなくなったりします。これも医療者の責任が問われることがあります。もう、どうしようもありません。

結局、医療訴訟による「医療崩壊」まっしぐらです。天災のような訴訟に巻き込まれたくなければ、現場を変えなさいと司法様がおっしゃているようなものです。

こういった訴訟を弁護することで利益を上げている法律事務所もあり「医療崩壊ビジネス」と化しています。

外科医aru

人手がない中での再発防止策など考えられていますが、本質的には無理でしょう。合理性は欠いた、感情論があまりに優先される世の中なのです。この状況には嫌気がさしますね。筆者も現場を離れました。

誤嚥事故の事例(安全配慮義務違反)

誤嚥事故に対する理不尽な訴訟は非常に数が多いです。

医療現場への悪影響だけではなく、「過剰医療」から日本の財政にも多大なる悪影響を及ぼしています。

「90代誤嚥死に2365万円賠償判決」に医療・介護界騒然…現役医師「訴訟回避の胃ろうで寝たきり老人が激増する」, PRESIDENT Online, 2023年11月16日

水戸地裁平成23年6月16日判決を例に挙げます。似たような事例は他にもたくさんあります。

【事例の内容】
介護老人保健施設に入所中のパーキンソン症候群、多発性脳血栓のほか、認知症に罹患している86歳男性が昼食として提供された刺身を誤嚥して窒息し死亡。遺族が、誤嚥の危険性の高い刺身を常食で提供するなどしたことについての施設の過失を主張して損害賠償を求めて訴訟をおこした。

【司法の判断】
本件施設の職員は誤嚥の危険性が高いことを十分予測できたといえ、刺身を常食として提供したことには安全配慮義務違反、過失が認められると判断。病院が賠償責任を負った。
認容額:3名に対する各734万円(合計2202万円)

誤嚥に配慮し、刻み食、とろみ食のような食べ物を提供しても誤嚥事故は起きます。しかもそれで賠償請求が認められていることがあります。もう食べさせない他ありません。これが人道的と言えますか?司法様はこれを要求しています。

「誤嚥の危険性が高いことを十分予測できた」とはどういうことでしょうか。誤嚥というのは程度は違えど誰でも可能性はあります。逆にあまりにも誤嚥の可能性が高い場合、つまり、「嚥下機能低下」が激しくご高齢で不可逆の場合はそれすなわち「寿命」です。

この例の場合は、医学的には「寿命」である後者なのですが日本の司法には「寿命」という概念はないようです。「寿命」の方が死亡してそこに医療の関与があると、医療の責任にします。もう、めちゃくちゃです。

日本では残念ながら「寿命による老衰」が少ないのはこういった背景があります。寿命が来ていても医療行為で無理に延命しないと訴訟となるリスクがあるからです。やむを得ず、胃瘻造設などの「過剰医療」が行われています。

実は「過剰医療」しても理不尽な訴訟から逃れられないのですが。。。

外科医aru

「寿命」の誤嚥死亡を訴訟によりお金に換える。悪い言い方ではありますが「死体換金ビジネス」という言葉があるくらいです。こういった訴訟のせいで「過剰医療」「医療崩壊」がおきています。

そもそも日本の司法は医療を裁けるのか

司法に関して、関与した裁判官や検察個人が悪いのかと言われたら、そうではありません。

司法のシステムそのものを考え直す必要があるのではないでしょうか。「司法の常識は医療の非常識」です。

医療は専門性の高い世界です。検査、治療の方針決定のプロセスは複雑で、正解・不正解がなく、医師により結果が分かれることもあります。また、因果関係の検証には専門性の高い理解が必要です。

注意義務違反がある。安全配慮義務違反がある。こんなことを言うのは簡単です。限られた医療資源、人手の中で行う医療なのですから限界があります。理不尽な司法によりさらに医療資源、人手が減ります。悪循環。

医療の持続可能性を損なう司法が行われています。わざと「医療崩壊」させているのでしょうか?

医療訴訟における司法判断には高度な医学的知識や現場の環境を知る必要があります。

しかし、司法関係者は医療に関してはド素人なので現状のシステムで適切に医療裁判を行うこと自体が不可能なのです。システムが悪いのではないしょうか。

まともに医療裁判を行うなら医療現場の実情と医療に関する「ちゃんとした」知識を持つ特別な裁判官や検察が必要だと思います。感情論ではなく、合理性で裁く能力が必要です。

医療に対する司法のシステムそのものに無理があります。

医療現場の経験がないド素人が多少勉強しても診断や治療に関してちゃんと理解することはできません。最低限でも医学部6年+研修医2年の基本的医療知識と現場経験は必要です。専門領域に関しては、実はこれでも足りないくらいです。

医療ド素人の司法関係者に医療裁判をやらせるのは九九覚えたての小学2年生に微分・積分をやらせるのと同じくらい無理があります。

医療裁判のシステムの見直しが必要です。現状の司法システムで医療を裁くのは無理があります。放置していては「過剰医療」「萎縮医療」「医療崩壊」がとまりません。

司法はその判決の医療現場への影響は考えてはくれません。自らの「無謬性(むびゅうせい)」すなわち「自分は決して間違うことがない」という立場を貫き、たとえ誤っても責任は取らないという存在です。

医療現場が崩壊して、国民がどうなろうと知らん顔する。それが許される存在が「司法」なのです。

外科医aru

お願いします。どうにか「お気持ち判決」司法の暴走を止めてください。

医療訴訟まとめ

懸命に誠実に医療と向き合って、過失がなくても、結果が伴わないと、

  • 不当に訴訟されて裁判に巻き込まれ、民事・刑事責任を問われる
  • 理不尽で質の低い報道により実名までさらされて悪者にされる
  • 誰かのせいにしないと気が済まない風潮のため世論から袋叩きにされる

というのが現実です。

天災のように、理不尽な社会的制裁をいつ受けるか分からないのが高リスクな医療現場なのです。

司法、報道、風潮、世論全てが敵になります。医師は自分を守れません。病院も守ってくれません。有名事件に巻き込まれた医師はことごとく実名報道されて大きな被害を受けています。

また、司法の医療への不可能な要求により

  • 萎縮医療
  • 医療崩壊
  • 過剰医療

がおきています。

日本で怪我や病気をした時に必要な医療が受けられなくなっていきます。

また、過剰医療による医療費増大により日本の財政がとんでもなく悪化しています。

医療にとどまらず、このままだと国家が崩壊していきます。

理不尽な医療訴訟から逃れる方法(医療関係者向け)

現状の日本の医療をとりまく環境だと医師は訴訟高リスクな急性期医療からは逃げるのが賢い選択肢となってしまいます。医師が自分のことを守れなくては患者様は守れません。

高リスクな現場の勤務医は減る一方なのでどんどん仕事がきつくなっていきます。さらに、「働き方改革」などの影響もあり、給料は減っていきます。環境の悪化がとまりません。

筆者はきっと良い方向に変わってくれると考えて一度、急性期の外科で働いていましたが残念ながら環境は悪くなるばかりです。そのことも一因となり転職を決意しました。

外科医aru

どんなに誠実に医療と向き合っても、こんな現場にいては理不尽な訴訟に巻き込まれるかもしれない。さらに給料も減っていく。家族に迷惑をかける。こう思い筆者も急性期外科医療の現場を去りました。

今では非常に良い環境で働けて、大満足です。

医師一人の力ではこの冴えない状況を改善に傾けるのは困難ですが、脱出することは簡単です。

現場をみんなが辞めていくと医療崩壊は進みますが、その責任は勤務医個人にはありません。去るしかない状況をつくっている世の中にあります。むしろ現場からみんな去って、強いメッセージを送ることでようやく世の中が改善に向かうかもしれません。それはいいことですね。

医療訴訟まとめ

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この記事を書いた人

地方旧帝大医学部卒業。外科医を全力で務めあげたのちに、全力で脱医局、転職を果たしました。医師の転職の素晴らしさに気づき、同じように人生がより良いものになる医師を増やしたいとの思いで情報発信しています。

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