2017年に兵庫県の旧市立川西病院で内視鏡手術を受けた男性がその2ヶ月後に死亡しました。
市が過失を認め、遺族に1500万円を賠償する方針を決め、注目を集めています。
詳しい内容と医療現場への影響について、医師の視点から解説します。
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旧帝大医学部卒業後、田舎の忙しい基幹病院で研修医として就職。そのまま外科医となり、2度の転勤を経験。最新のロボット手術にも携わり、手術執刀経験は500件超え。夜間緊急手術も大好きなバリバリの外科医でした。
事故の概要
市立川西病院で内視鏡
2017年6月6日、市立川西病院(2022年閉院)で80代男性が内視鏡による結石の砕石術を受けました。
担当医師は内視鏡操作中に抵抗があったので結石に当たったと考え、さらに奥に進めました。
ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)を行い、胆管結石を確認して砕石術を行ったようです。男性は「結石性胆管炎」「総胆管結石症」などの病気であったと思われます。
※ 総胆管結石症 結石性胆管炎 ERCP 砕石術 とは
▼総胆管結石症
総胆管結石症は、胆管内に結石が存在する病態です。それらの結石は主に胆のう内でつくられます。 結石により腹痛や胆感染と炎症が引き起こされます。
▼結石性胆管炎
総胆管結石症により感染と炎症が引き起こさた状態。治療しないと命の危険を伴うことがあります。
▼ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)
総胆管結石症、結石性胆管炎などが疑われる場合に行う検査です。胆管と膵管の十二指腸への出口である十二指腸乳頭へ造影チューブ(細い管)を挿入していき、そこで内視鏡の先端から造影剤を注入して、胆管をX線撮影します。
▼砕石術
検査で胆管結石があるとの砕石・採石を行います。砕石用の器具はは、強いワイヤーでできたバスケット型の形状をしています。結石をバスケットのなかに取り込み、バスケットを閉じ締め付けることにより、結石を砕きます。総胆管結石症、結石性胆管炎の原因となっている結石を除去して治癒に導きます。
内視鏡後にCT検査
内視鏡操作中に抵抗があったため、内視鏡後に確認のCT検査を行いました。
内視鏡で用いた造影剤の腹腔内への漏れがあり、膵管の壁に穴が開いていることがわかりました。
膵管の壁に穴が開くことは、ERCPの合併症の1つです。膵管は胆管と出口を共有しており、解剖上お隣同士です。
ERCP後膵炎を発症
内視鏡の翌日の検査で男性がERCP後膵炎を発症していることが判明。
治療を行いましたが重症化傾向であったため、集中治療室のある病院に転院しました。
※ ERCP後膵炎 とは
ERCPの処置後偶発症(合併症)の1つ。発生率が高く、重症化の際は致死的な状況に陥る場合があります。 発生率は3.5~10%、重症率は0.4~0.5%、致命率は0.1~0.7%と報告されています。
転院後、約2ヶ月で死亡
男性は一時は食事が摂れるまで回復しましたが、持病の肺疾患と腎不全が影響するなどして、2024年8月9日に死亡しました。
遺族の訴え
男性の遺族は「手術ミスがなければ亡くならなかった」と主張し、川西市と協議しました。
2024年5月13日、市は「内視鏡手術と男性の死因との因果関係は不明」としつつも、「医療行為で膵管損傷や膵炎に至った部分には過失があった」と認め、賠償金を支払うことで合意しました。
担当医師は悪いのか?
市は医療行為の過失を認め、賠償金を支払うことで合意しました。
しかし、本当に医療行為を行った担当医師が悪いのでしょうか?
考察します。
内視鏡手術と死亡の因果関係は不明
川西市は「内視鏡手術と男性の死因との因果関係は不明」としていますが、その通り。
男性は一時食事が摂れるまで回復しているとのことで一度持ち直しています。
その後、持病の肺疾患と腎不全が影響するなどして死亡しています。
死亡の主な原因は内視鏡手術なのでしょうか?それとも持病なのでしょうか?
内視鏡が原因としても合併症による死亡
仮に内視鏡手術が死亡の主な原因であったとしても、ERCPの合併症である「ERCP後膵炎」による死亡です。
手術の合併症は、事前に患者様に起こりうることを了承していただかないといけないものです。
合併症は「ミス」ではなく、仕方がない「偶発症」として扱うべきものです。
そうしないといかなる医療行為も行えなくなってしまいます。
あとで詳しく説明します。
合併症への対応は適切であったと思われる
本件について分かっている情報をまとめると、合併症に対する対応は適切であった可能性が高いです。
合併症が発生した市立川西病院で治療を行った上で、重症化の傾向があったことから高度な治療が行える病院へ転院の対応となっています。
この事例が医療現場に与える影響
今回の事例で医療側の過失を認めるとてつもない悪影響が出る可能性があります。
「萎縮医療」「医療崩壊」です。
萎縮医療
医師が悪者にされることを恐れて「萎縮医療」がうまれ、必要な医療行為が行われないケースが増える可能性があります。
今回起きたのはERCPの合併症です。そして合併症に対して適切に対応していると思われます。
どんなに手術を丁寧に上手に行っても起きることがある合併症で悪者になるならば、手術を行うことはできなくなります。これが「萎縮医療」です。
合併症が起きたことで医療を責めると「萎縮医療」が進み、今後必要な医療行為が受けられなくなります。
「萎縮医療」をうんだ有名事件が「割りばし事件」です。割りばし事件の詳細記事で「萎縮医療」についても詳しく解説しています。
割りばし事件の詳細記事はこちら▼
医療崩壊
こういった事例が頻発することで、医療従事者の士気が低下し、結果として医療崩壊の危機が迫ります。
医療現場で働く人々が悪者にされることを恐れて業務を敬遠するようになれば、必要な医療サービスが提供できなくなる恐れがあります。
高リスクな医療現場からは人が去りはじめています。
「医療崩壊」をうんだ有名事件の1つに「大野病院事件」があります。大野病院事件の詳細記事で「医療崩壊」についても詳しく解説しています。
大野病院事件の詳細記事はこちら▼
医療事故における感情論の危険性
この事例を知って、誰もが抱くのは「死んだ人がかわいそう」という気持ちです。これは非常に真っ当な感情です。
だからといってきちんと検証せずに、感情を医療にぶつけるというのは間違っています。
遺族が納得できないのは仕方ないと思います。死を簡単には受容できるはずがありません。
しかし、患者の死亡は医療のせいなのか、本当に慎重に検討する必要があります。
どうしても結果が悪いと「医療ミス」にしたがる風潮があります。これは医療の質を下げる結果となるため危険な風潮です。
「かわいそう」という感情に流されて、本質を見失うと言うことが日本では繰り返されています。
かわいそうな1人を救済して、未来の無数の患者様を殺めています。
この風潮が「医療崩壊」につながっています。理不尽な医療の糾弾により医療の質が低下しています。
ひどいマスコミの報道
- 内視鏡手術でミス、膵管を損傷 2カ月後に男性死亡 川西市が過失認め、遺族に1500万円賠償へ, 神戸新聞, 2024年5月29日
- 手術ミス後死亡 解決金支払いへ 川西市、遺族に1500万円, 毎日新聞, 2024年5月30日
この書き方はダメです。
まだ因果関係はわかっていないので、内視鏡手術によって亡くなったかのように認識するタイトルはNG。
そして「ミス」でもない可能性が高い。
日本のマスコミはこのレベルです。どうしても「医療ミス」にしたい。そのことで医療崩壊が起きようとも。
医療現場はマスコミにうんざりしています。「マスゴミ」というのはよく聞く言葉ですね。
マスコミの報道が生んだ大惨事に「大淀病院事件」があります。
まとめ
本件では市が医療行為の過失を認めてしまっていますが、現状分かる情報だと不適切な判断のように思えます。
市が支払いなのでお金の出所は税金、みんなのお金です。感情論のみに基づく安易な判断は許されません。
きちんと合理的に、因果関係を検証するべきですし、合併症の扱いに関しては慎重であるべきです。
どんどん萎縮医療、医療崩壊に向かってしまいます。
今回は訴訟にはなっていませんが、理不尽に医療を悪者にする訴訟により、医療現場は疲弊しています。
今回の事例も市が訴訟を恐れて丸くおさめるために賠償で示談にしたと考えられます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
<参考文献>
内視鏡手術で膵管の壁に穴、患者死亡 兵庫・川西市がミス認め賠償へ, Yahooニュース, 2024年5月29日
内視鏡手術でミス、膵管を損傷 2カ月後に男性死亡 川西市が過失認め、遺族に1500万円賠償へ, 神戸新聞, 2024年5月29日
ERCP後膵炎診療の最前線, 日本消化器病学会雑誌, 119 巻 (2022) 8 号
ERCP 後膵炎ガイドライン 2015, 日本膵臓学会誌第30巻第4号
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