「自己研鑽」の定義は?
どこまでが「自己研鑽」でどこからが「労働」なの?
こんな疑問をお持ちの方は多いのではないでしょうか。
厚生労働省が発表している「自己研鑽」の定義と、実際の現場での使われ方には乖離があります。
「自己研鑽」が定義通りに使われていれば何も悪くありません。
しかし、医療現場では「自己研鑽」の概念の悪用が後をたちません。
医療現場では、残業を「自己研鑽」ということにして「労働していないこと」にして、時間外手当を払わないために使われる言葉になっています。
相当ひどいです!!具体例を交えてわかりやすく解説していきます。
- 「自己研鑽」の本来の定義
- 現場での「自己研鑽」の実情について
- 悪用される「自己研鑽」からの逃げ方
旧帝大医学部卒業後、田舎の忙しい基幹病院で研修医として就職。そのまま外科医となり、2度の転勤を経験。最新のロボット手術にも携わり、手術執刀経験は500件超え。夜間緊急手術も大好きなバリバリの外科医でした。
日々「自己研鑽」という名の労働をさせられていました。転職後の今は定義上の「自己研鑽」しかしていません!!
読んでくださっている勤務医の皆様は「自己研鑽」という名の労働させられていると思います。
一番簡単な対応方法は「自己研鑽」という名の労働をしなくていい職場への転職です!まずは検討からしてみてください!
医療関係者ではない方でもわかりやすいように解説します。勤務医がどんなひどい目にあっているのかお分かりいただけます。
医師の自己研鑽とは 本来の意味について
ここではまず、厚生労働省が発表している内容をもとに解説します。
医師の研鑽と労働時間に関する考え方について(厚生労働省)
労働時間とは
自己研鑽の対義にあたる労働時間に関して、
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。
と定義されています。
自己研鑽とは
労働時間の定義を踏まえて、
【条件1】 労働から離れることが保障されている状態で行われている
【条件2】 就業規則上の制裁等の不利益取扱いによる実施の強制がないなど、自由な意思に基づき実施されている
など、使用者から明示又は黙示の指示がないと認められる研鑽については、当該研鑽を行う時間は、労働時間に該当しない。
と定義されています。
間単に言い換えると、
【条件1】いつでも帰れること。
【条件2】上司からの指示ではなく、自由な意思に基づいて実施されていること。
の条件を満たした場合「自己研鑽」となるというのが厚生労働省の言い分です。
これは理にかなっていますね。
実際に医師の自己研鑽というのは多少は必要となることが多いです。それを全て労働時間に含めるとなると上司としては帰宅させる必要が出てしまい、研修医や若手医師にとって不利益となる恐れがあります。
本来の意味で「自己研鑽」が使われていれば概ね問題ないはずです。
自己研鑽の具体例と実情
厚生労働省は、医師の研鑽が3つの類型に分類しています。
具体例をみていきながら、実情についても少し触れます。
医師の研鑽の類型① 診療における新たな知識や技能習得のための学び
▼具体例
・診療ガイドラインについての勉強
・新しい治療法や新薬についての勉強
・自らが術者等である手術や処置等についての予習や振り返りなど
▼労働時間の基本的な考え方
診療の準備行為又は診療後の後処理として行う場合は、労働時間に該当する。
ただし、自由な意思に基づき、業務上必須ではない行為を、所定労働時間外に、上司の指示なく行う時間については、労働時間に該当しないと考えられる。
診療の準備行為として行なっても、残念ながら自己研鑽にされてしまうケースが多いです。
医師の研鑽の類型②学位や専門医取得のための研究、論文作成など
▼具体例
・学会や外部の勉強会への 参加、発表準備等
・院内勉強会への参加、発表準備等
・本来業務とは区別された 臨床研究にかかる診療データの整理、症例報告の作成、論文執筆等
・大学院の受験勉強
▼労働時間の基本的な考え方
奨励されている等の事情があっても、自由な意思に基づき、業務上必須ではない行為を、所定労働時間外に、上司の指示なく行う時間については、一般的に労働時間に該当しない。
ただし、実施しない場合には制裁等の不利益 (就業規則上の制裁等)が課され、実施が余儀なくされている場合や、業務上必須である場合、業務上必須でなくとも上司が指示して行わせる場合は労働時間に該当する。
この記事であとでも触れますが、
上司の指示でも自己研鑽にされてしまう場合が多いです。
また学位や専門医取得のための研究、論文作成は医療現場の闇です。
▼ぜひ以下の記事もご一読ください▼
医師の研鑽の類型③自らの手技を向上するための手術・処置等の見学
▼研鑽の内容
症例経験や上司・先輩 が術者である手術・処置等の見学の機会を確保するために、当直シフト外で時間外に待機し、診療や見学を行うこと
※見学においては、その延長上で手伝いを行うケースがある
▼労働時間の基本的な考え方
上司や先輩から奨励されていても、自由な意思に基づき、業務上必須ではなく、上司指示なく、所定労働時間外に、当直シフト外で待機して行う時間は一般的に労働時間に該当しない。
ただし、見学中に診療(手伝いを含む。)を行った場合は、当該診療を行った時間は、労働時間に該当すると考えられ、また、見学の時間中に 診療(手伝いを含む。)を行うことが慣習化(常態化)している場合は、見学の時間すべてが労働時間に該当する。
見学中に診療(手伝い)をしていると労働から離れることが保障されないので労働時間です。守られていないことが多く「自己研鑽」にされてしまいます。
医師の自己研鑽の実際
ここまでは、厚生労働省が発表している本来の定義を解説しました。
この本来の定義通りに「自己研鑽」を扱っている、優良な病院(それが普通のはずだが…)も多く存在しているようです。
しかし、働き方改革の影響もあって勤務医の(見せかけの)労働時間は減らす必要があり、そのために「自己研鑽」の概念を悪用する病院も多くあります。
そういった、悪質な病院でのリアルを具体例を用いて解説していきます。
定時を超えたら何でも「自己研鑽」
これが1番ひどいです。
本来の定義からみても、倫理的に考えても意味不明ですが、これがまかりとおっている病院もあるようです。
手術をしていても、診察をしていても、17時以降は全て「自己研鑽」になるということです。
実際に診察・処置・手術した時間以外は全て「自己研鑽」
これはよくあるパターンです。
ひどいと診察も「自己研鑽」となり労働に含まれないことがありますが、もう意味不明です。
これだと実際の労働時間の半分以上が労働時間として認められません。
ここまでで大まかな「自己研鑽」の実態はつかんでいただけたかと思います。以下では特に学術活動とカンファレンスについて、ピックアップして解説します。
上司に押し付けられた学会発表準備が「自己研鑽」
ほとんどの病院に当てはまります。
厚生労働省はこちらは労働時間となると明記していますが無視されています。
医療系の学会は不必要に行われているものが多くあり、そちらで発表したいと思う人は非常に少ないという実態があります。
そこで、発表する人を確保するために病院部長クラス同士で声をかけあって学会発表する医師を確保しようとします。
すると、若手医師に学会発表が押し付けられるということが多発しています。
したくもない発表を押し付けられ、それを「自己研鑽」扱いにされています。
強制参加のカンファレンスが「自己研鑽」
こちらも多くの病院に当てはまります。
時間内は多忙なため医師が集まってカンファレンスを行うことは困難なことが多く、時間外に行われるケースが多いです。
それを労働時間としてカウントせず「自己研鑽」にしてしまうということです。
自己研鑽と医師の働き方改革
なぜここまで「自己研鑽」の概念が間違った内容で悪用されているのでしょうか。
・病院側が医師の人件費を削減するため
・病院が医師の働き方改革の基準を体裁上クリアするため
おもにこの2点だと思われます。
今まで医師の時間外労働時間に制限はありませんでしたが2024年4月からはじまった医師の働き方改革により、その時間外労働時間に制限がかかりました。
しかし、患者様の数は現状増える一方のため今まで通りの医療を維持しつつ医師の働き方改革を行うためには追加で医師を雇う必要があります。
医師の労働内容の見直しや医師の増員できちんと医師の働き方改革に対応した病院がある一方で「自己研鑽」を悪用して見せかけの労働時間を削減している悪質な病院があとをたちません。
これは非常に危険な事態です。
以下の記事で詳しく解説していますのでぜひご一読ください。
自己研鑽まとめ
まとめでは筆者の個人的な見解を述べようと思います。
「自己研鑽」を正しい内容で扱っている病院が少ないのが実情で、医師の働き方改革の抜け道の一つとして悪用されまくっています。
残念ながら、日本の保険医療施設(病院)経営者にはこういった概念を正しく理解できる人が少ないようです。
正しく扱えないのです。
今に始まった話ではないと思います。
厚生労働省にはここまで見越していただきたいものです。実情を見るともはや「自己研鑽」などという言葉はない方がいいのではないでしょうか。
勤務医は保険医療施設(病院)経営者と異なり真面目な人が多いです。
「自己研鑽」などという概念がなくても研鑽し診療技術を磨きます。
「自己研鑽」「働き方改革」が正しく扱われ、
そういった真面目な勤務医が報われる時代がきてほしいものです。
病院経営者の認識のおかしさが良くわかる例をあげます。
神戸市の「甲南医療センター」で勤務していた男性専攻医が2022年5月に自殺し、労働基準監督署が、長時間労働で精神障害を発症したのが原因だとして、労災認定した事件がありました。男性は医師3年目で、自殺するまで約3か月間休日がなく、直前の時間外労働は、国の労災認定基準を大幅に超える月207時間に上っていたといいます。
この事件に対して甲南医療センターの具院長はこう言い訳しています「医師の働き方には自由度の高い部分があり、個々の医師でないと正確な労働時間を把握するのは難しい。過重な労働をさせていた認識はない」
いかがでしょうか。
部下が一人過労死していても過重な労働をさせていた認識はないというわけです。
残念ながらこれは病院経営者にとって珍しい認識ではいのです。
筆者も月200時間を超えて時間外労働を行なっていたことはよくありました。しかし「労働と認識」してもらえて時間外手当を支給してもらえたのは70時間程度です。
<参考文献>
医師過労死で遺族が神戸の病院運営法人と院長に賠償求め提訴 NHK NEWS WEB (2023年2月2日)
26歳専攻医が過労自殺、労災認定…3か月休日なし・時間外は月207時間 読売新聞オンライン(2023年8月17日)
勤務医は「自己研鑽」にどう対策するか
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ここからは「自己研鑽」に不満を持っていたり、今は良いけど次に赴任する病院の良からぬ噂を聞いて対策したい、勤務医向けの内容となります。
また、この記事を読んで、こんなことが起こっている業界に嫌気がさした方もいらっしゃるでしょう。
過労死してしまっては元も子もありません。
可能な限り医局人事で赴任する可能性のある病院の労働環境は必ず確認するべきだと思います。知り合いや、知り合いの知り合いなどから確認しましょう。
そして、今の環境やこの後赴任する可能性のある病院に不満があるならば、こちらの記事を読んでください
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