2023年に日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(日赤名古屋第二病院)で男子高校生が死亡する医療過誤がありました。
2024年6月17日に病院が会見を開き、文書を発表して話題となっています。
この事例に関する報道の情報の質が非常に低いです。まるで研修医が最も悪いかのように報道されていますが間違っています。
医療の素人が勉強不足のままに報道し、本質からズレた情報が発信されていて非常に危険です。
医療のプロである筆者が質の高い情報を届けなければいけないと思い、本記事を書きました。
- 今回の事例を医師目線でわかりやすく解説
- なぜ質の低い報道がなされるのか
- 医療に関する報道の問題点
- 今回の事例の今後の展望や影響
旧帝大医学部卒業後、田舎の忙しい基幹病院で研修医として就職。そのまま外科医となり、2度の転勤を経験。最新のロボット手術にも携わり、手術執刀経験は500件超え。夜間緊急手術も大好きなバリバリの外科医でした。
参考:公表用資料 SMA症候群を適切に治療できなかったことにより死亡に至らせた事例
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日赤名古屋第二病院の医療過誤の概要
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男子高校生が救急外来を2回受診
2023年5月28日早朝、患者は男子高校生。腹痛、嘔吐、下痢を訴えて日赤名古屋第二病院(※)に救急搬送されました。
2年次研修医が診察し、検査が実施されました。CT で胃の拡張所見を認めましたが採血結果は正常範囲内と判断。急性胃腸炎(※)と診断されて男子高校生は帰宅となりました。
その後、男子高校生は嘔吐が持続するため救急外来を再受診。前回受診時とは違う2年次研修医が対応し、翌日の近医再診が妥当と判断しご家族へ伝えました。
日赤名古屋第二病院
日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院
- 日赤名古屋第二病院
- 名古屋第二日赤病院
- 八事日赤病院
などと呼ばれているようです。
- 愛知県名古屋市昭和区にある、日本赤十字社愛知県支部運営の病院
- 病床数は812床と大規模
- 2023年の救急車受け入れ台数は12,503台と全国トップクラス
- 「ブランド病院」として研修医に人気の病院
急性胃腸炎
腸にウイルスや細菌が感染して、腹痛、嘔吐、下痢をきたす病気です。 わかりやすく「胃腸かぜ」「おなかのカゼ」とも言われます。多くの場合は時間経過とともに治ります。
翌日にSMA症候群と診断され入院
翌日2023年5月29日、男子高校生は近医にて緊急処置が必要と判断され、日赤名古屋第二病院の一般消化器外科へ紹介受診。外科では SMA (上腸間膜動脈)症候群(※)の疑いと診断されて、同院の消化器内科に紹介、入院となりました。
高度の脱水があり入院後に絶食と補液(点滴)で治療開始され、改善がなければ後日追加検査を行う方針となりました。
SMA (上腸間膜動脈)症候群
十二指腸が前(お腹側)を走る上腸間膜動脈と後ろ(背中側)にある大動脈や脊椎との間に挟まれて起こる通過障害、十二指腸閉塞。まれな病気です。痩せている人がなりやすいです。
入院後に急変
入院から3時間後、男子高校生は急変。冷汗と大量嘔吐、脈拍触知微弱(※)が出現しました。
ここから先の対応が生死を分けたと思われますが「結局なぜ死亡してしまったのか」が分かる確信的な情報がありません。
病院公表の文書によると、
- 男子高校生に過活動性せん妄(※)が出現した
- 一度は点滴治療の継続が困難と判断され、病院側がご家族に来院を依頼した
- ご家族来院後、点滴が再開された
- 過活動性せん妄は改善したが易怒性が残り、鎮静剤が投与された
- せん妄の助長になるモニター類は装着されなかった
とのことですが死亡に至った理由については、断言を避けています。
脈拍触知微弱
動脈の拍動を皮膚ごしに外から触れることを脈拍触知といいます。首、手首、足の甲などで脈拍触知できます。この触れる拍動が弱くなることを脈拍触知微弱といい、今回の場合は血圧が低下していること示唆しています。
過活動性せん妄
心身の調子が悪かったり、いつもと違う環境で自分を見失い、暴れてしまう状態。点滴の自己抜去、医療者への危険行為、 病棟内徘徊などの異常行動があったようです。
心停止に至り、死亡
男子校高校生は同日2023年5月29日の深夜に心停止に至り、その16日後に死亡されました。
救うことができた若い命が失われたことは悔やんでも悔やみきれず、あってはならないことです。ご冥福をお祈りします。
院内医療事故調査委員会の検証結果
病院は以下の5点を問題点として挙げていますが、直接何が原因で死亡したかの断言は避けています。
- CT 画像の評価が不十分
- 脱水症の治療開始に遅れが生じた
- 研修医が診療する場面での報告・相談体制に不備があった
- 職員間において患者情報を正確に共有できていなかった
- 患者急変時に緊急体制が活用されなかった
病院の公表文書の内容を解説します。
CT 画像の評価が不十分
CT 画像の評価が不十分で、胃拡張に対する治療ができていませんでした。 胃管による減圧治療(※)を行うべきでした。
減圧治療が行われなかったことによる胃破裂や胃壊死の可能性がなくはない。大量嘔吐もしているようなので、そのタイミングで胃の拡張は軽減されていますが。
胃管による減圧治療
鼻や口から胃まで管を入れて、拡張した胃の内容物を排出して減圧します。管を入れるので非常に不快ではありますが、嘔気症状を抑えることができます。
脱水症の治療開始に遅れが生じた
脱水症の評価が不十分で、治療の開始に遅れが生じていました。救急外来診療で補液(点滴)をできなかった。
また、その翌日の紹介受診時は高度脱水症の所見がありましたが、補液量は十分な量ではなかったようです。急変後に大量補液を開始しましたが、総じて治療に遅れが生じていました。
断言はしていませんが、高度脱水に対して十分な治療が行われなかったことが死因の可能性があります。
研修医が診療する場面での報告・相談体制に不備があった
救急外来において研修医が診療する場面での報告・相談体制に不備がありました。 1回目の救急外来受診時に、脱水を示唆する採血結果を見落とし、正常範囲内と判断していました。2年次研修医による単独診療で帰宅の判断をせず、上級医へ相談をするべきでした。
相談できなかった背景として、2年次研修医は上級医への報告確認が義務化されておらず、上級医への報告基準が明確なルールとして規定されていなかったことがあります。
研修医が適切に上級医に相談できる体制がなかったことで治療の遅れにつながりました。
職員間において患者情報を正確に共有できていなかった
入院時に患者の重症感や緊急性の伝達が十分に行われていれば、入院後の診察や緊急性に応じた処置を迅速に行えた可能性がありました。
病棟での鎮静剤の投与については、看護師間の情報共有不足により鎮静剤の追加投与があり、当番医の意図した指示量の倍量投与となっていました。より慎重に医療者間でのコミュニケーションを行う必要がありました。
情報伝達にエラーがあったことが大量補液の遅れにつながり、脱水による死亡を招いた可能性があります。
患者急変時に緊急体制が活用されなかった
患者の容態変化時に、院内で定められた緊急体制が活用されませんでした。 頻回の血圧測定や心電図モニターの装着、院内緊急コールを行い、患者の状態を多職種で評価して必要な治療や処置について検討するべきでした。
緊急対応の判断ミスがあったということだと思います。
モニターを装着してない状態で鎮静剤が投与されたことが死因の可能性があります。鎮静剤の過量投与により心停止をきたすことがあります。
男子高校生の遺族のコメント
遺族は、
研修医の勝手な判断、誤診がなければ、このような結果になっていなかった。何度も助けられる機会はあったのに見過ごされ、後悔しかありません。診断ミスで16歳の人生を突然終わらせてしまったこと、夢見ていた未来を奪ったことを忘れないでください
とコメントしているようです。
医療の素人である遺族が研修医が悪いと考えることは仕方がないことです。
病院側が遺族がそのように考えるような説明を施した可能性もあります。その場合は病院側の罪は重いです。
しかしながら、病院公表の文書を見ると研修医が最も悪いとは考えられません。
医師たちの声:「研修医が誤診」はミスリード
「救急外来で研修医が誤診した」は報道として不適切な表現
研修医が帰宅させたのが悪い、というよりは入院後の対応が悪かったと思われます。
救急外来は完全な診断をする場ではない
救急外来は病院の診療時間外である夜間や休日に、最小限の人員で急患に対応する場所です。
診療時間内と同様な質の医療を受診したすべての患者に提供することはできません。
「緊急性のある」患者を拾い上げて必要な治療を開始することが役割で、医学的に「緊急性がない」場合は翌日や休み明けの一般外来で対応します。
今回「緊急性」に関して対応した研修医が見誤っている点は問題ですが、これで研修医が一番の悪者になることはありえません。研修医が相談できなかった病院のシステムの方が問題です。
診断が難しい疾患は、救急外来で診断はつきませんし、簡単な疾患だとしても確定診断はされないことが多く「誤診」というのは乱暴すぎます。
SMA症候群は診断が困難な疾患
SMA症候群はまれな疾患であり、消化器専門医でないと診断がつかないことが多い疾患です。
これを救急外来で研修医や非専門医に診断しろというのは無理があります。
しかし、診断できなくても救命はできます。今回の場合診断せずとも必ず救命しなければならなかった。
病院側は研修医のせいにするのではなく、きちんと反省するべきです。
急性胃腸炎も確定診断はできないことが多い
急性胃腸炎は救急外来で非常に出会う頻度の高い疾患ですが、腐った肉や魚を食べたなど確信的なエピソードがない限りは「同様の症状をきたす他の疾患ではない」ことを確認してから診断する「除外診断」を行う病気です。
まず「急性胃腸炎疑い」として急性胃腸炎の治療を行います。消化に優しい食事にしたり、整腸剤、場合によっては抗菌薬を使用します。これで経過を見ながら治っていけば「急性胃腸炎」で良さそうだねと、診断をつける流れになります。
報道や病院の発表した文書の書き方だと最初から確定診断しているかのようで違和感があります。
研修医は本当に急性胃腸炎の診断をつけたのか
詳細な情報がないのでわかりませんが、もし研修医が「急性胃腸炎」と断言して、カルテにも断定的に記載していたならそれは問題でしょう。勉強不足に感じます。
その場合でも研修医に責任を取らせるのは間違っています。
質の低い報道に要注意
2024年6月18日のテレビの報道は最悪でした。WEBニュースの記事の内容もすべて質が低いです。
病院が会見でミスリードした可能性もありますが、それでも「報道のプロ」なら質疑応答で的確な質問をして、質の高い情報を手に入れるべきです。
そのためには医学知識と医療現場の理解が必要です。
- 研修医が“誤診”…16歳男子高校生が死亡する医療ミス 十二指腸閉塞で腹痛等訴えるも急性胃腸炎として帰す, Yahoo ニュース, 2024年6月17日
- 研修医が急性胃腸炎と誤診、16歳の高校生死亡 名古屋の第二日赤, 朝日新聞DIGITAL, 2024年6月17日
- 名古屋日赤、誤診で高校生死亡 1日2回受診でも治療遅れ, 日本経済新聞, 2024年6月17日
- “誤診”で16歳男子高校生が死亡 研修医が採血結果の異常を見逃す 十二指腸の通過障害を「急性胃腸炎」と誤診, TBS NEWS DIG, 2024年6月17日
- 日赤名古屋第二病院で医療過誤 適切な治療行わず高校生死亡, NHK NEWS WEB, 2024年6月17日
なぜ質の低い報道がなされているのか考察
- 遺族の声明をもとに記事が書かれている可能性あり
- 会見での病院側の説明内容が悪かった可能性あり
- 記者に医療知識や医療現場の理解がない
- 医師が監修していないと思われる
遺族の声明をもとに記事が書かれている可能性あり
遺族が「研修医の誤診」が死因と考えることは責められることではありません。当事者であり医療の素人である方の真っ当な意見です。
しかし、この意見の論調をそのままにメディアが報道を行なってはいけません。
こんなことをしているようでは質が高い情報を報道をする気がないと思えてしまいます。
会見での病院側の説明内容が悪かった可能性あり
病院側が会見で責任を研修医に押し付ける印象操作を行なっている可能性も否定できません。
この場合は病院の罪は重いです。救うべき患者の命を救えず、さらに責任転嫁が行われている可能性があります。
病院が会見で印象操作していなければ、公表されている文書では研修医が悪いようには書いていないので、低品質な報道の責任はメディア側にあるということになります。
仮に病院が印象操作を行なっていたとしても、文書を医師が見れば研修医が一番の悪者ではないことは一目瞭然なので低品質な情報を報道するのはやめていただきたいものです。
過去の事例を考えるとメディアがただ低品質な報道を行なっている可能性は十分にあります。
記者に医療知識や医療現場の理解がない
医療ニュースを不適切に報道すると、社会への悪影響が大きいです。下で詳しく解説します。
医療関連の内容は医療知識や医療現場の理解がある人が扱うべきです。
医師が監修していないと思われる
記者に医療知識や医療現場の理解がなくてもせめて医師に監修してもらえば、内容がマシになるのではないでしょうか。
医療ニュースを不適切に報道することの問題点
日本のマスコミは医療ニュースを正確に報道できていないことは、今に始まった話ではありません。
何十年も前から問題視され続けていますが、一向によくなる気配がありません。
不適切な医療ニュースの報道から社会問題になった事件がいくつもあります。
糾弾する相手を誤り、医療崩壊へつながっています。
今回は病院側・医療者が批難されて然るべきにみえますが、過去の事例だとそもそも病院側・医療者が悪くもないのに報道が糾弾することも起きています。それだけいい加減なのです。
最近のニュースだとこれらがあります。
今後の展望について
日赤名古屋第二病院は報道の誤解を解く必要あり
現在のメディアの間違った報道を病院が正しい方向に導く必要があります。
そのための会見か文書の発表が望まれます。
このまま論点のズレた報道を許すのは遺族にも失礼極まりないです。
また不当に研修医を責める状況を許していると「研修医に人気の病院」ではなくなり人員確保が難しくなり、周囲の住民にも影響が及ぶと思われます。「医療崩壊」です。
当事者の研修医が誰か名前を特定してはいけない
研修医を特定しようとする人もいるかもしれませんがやめてください。
すでに、「研修医の名前は?」みたいな個人ブログの記事がありますが記事を削除してほしいものです。
現状本当に特定できている記事はありませんでしたが煽ってはいけません。
今回の事例で悪いのは研修医ではなく、病院です。入院後の対応です。
研修医を個人特定して糾弾するのは「悪」なので決してしてはいけません。
上級医の労働環境の悪化
おそらく今回のことを受けて、専攻医以上の上級医の負担は増えることでしょう。
日本は再発防止や現場改善がうまくいかない傾向があり、おそらく上手に現場改善することは困難でしょう。
本来はキャパオーバーして救急車を受け入れるのをやめるべきなのです。
ただでさえ日赤名古屋第二病院のような大きな病院の医師の労働環境は劣悪です。
この劣悪な環境を改善させようとして行われた「働き方改革」も大失敗しています。
医師は現状に抗議する必要がある
医師の劣悪な労働環境も今回の事例の原因の一部となっているはずです。
医師の労働環境の改善が見られない状況に医師は抗議する必要があります。
一番簡単な方法が労働環境が劣悪な現場を去ることです。
去った医師を取り戻すために労働環境を整えるしかない状況に追いこまない限り改善は望めないです。厚生労働省はやる気がありません。
まずは転職を検討してください。圧倒的にいい環境が見つかるはずです。
まとめ
日赤名古屋第二病院で失ってはならない命が失われ、再発防止が必要です。
日赤名古屋第二病院のみならず、日本の病院が今回の事例から学び、より良い医療が提供でいるようになることを願うばかりです。
日本の医療ニュースの質は相変わらず低品質なものが多くこのことも大きな問題です。
日赤名古屋第二病院が現在、当事者の研修医を守れていないことも大きな問題です。
このような問題のある姿勢でいる病院は日赤名古屋第二病院だけではないです。このような病院で研修している先生は専攻医から他の病院に代わる必要があります。
初期研修途中で病院をかわることも可能です。
自分で良い専門医プログラムを見つけて病院を選ぶのは大変です。研修医こそ「転職エージェント」に頼りましょう。
医師がいい環境で働くことは日本の医療環境そのものの改善につながっていきます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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